『ラ・ラ・ランド』のプリウス
「ラ・ラ・ラ・ランド」
「ラが多い!」
「失礼。噛みました」
「違う!ワザとだ!」
「噛みまみた」
…というコトで、ミュージカル映画は苦手やけど、『ラ・ラ・ランド』は観とかんといかんやろ、と出掛けた。
ミュージカル映画を眺めると、「現代」を描いた作品がほぼ無い。
『サウンド・オブ・サイレンス』、『雨に唄えば』は語るに及ばず、『シカゴ』、『ドリームガールズ』、『バーレスク』などなど全部、古き良き「過去」が舞台や。
「現代」を描いたのは、『ブルース・ブラザーズ』ぐらいか?
余談やけど、『ブルース・ブラザーズ』は、当時の「Madness」「Specials」などの skaブームに乗って作られた映画って感じがする。 80年代 skaブームのファッション自体「過去」の洗い直しやから、なんとなく当時の「現代」かもしれんけど「過去」を感じるわな。
さて、『ラ・ラ・ランド』は珍しく「現代」をえがいたミュージカル。
ミュージカル映画が好きな人がニヤける様な古き良き「過去」の仕掛けが多々有った。
ミュージカルの文法として、「過去」風にせんといかんのかいな?
まず、最初の字幕からニヤけさせる。開幕って感じでね。
手書きの様な遠景、ファッション、シーン替わりなどなど古臭く作っているので、混乱しがちなんだけど、主役の女の人が乗っている車は「プリウス」だ。
日本もそうやけど、「プリウス」って一昔前の「カローラ」じゃん?
猫も杓子も、ボケた老人も乗る車じゃん?
まず、お話のエピソード的に、誰でも乗っているというコトが必要だったんで「プリウス」が選ばれたんやね。
また、これが2代目「プリウス」って辺りが絶妙なんよね。
初代だと古すぎるし地味過ぎて、運転する人までババアに見えてしまう。
3代目だとヘッドライトが嫌らしい。
最新型だと完全SFになってしまって、せっかくの「画面」がぶち壊しになってしまうし、先代までに比べると流通し尽くしていない。
そんな感じで「古臭さ」を演出しながらも、「画面」が破綻しないモノで構成されている。
映画の舞台として撮影所が出てくるんやけど、その映画に出とる人が、映画に出たいと思ってるという、『冴えない彼女の育てかた』というマンガの登場人物がマンガを描く的な? 『オーシャンズ12』でジュリア・ロバーツがジュリア・ロバーツ役を演じる的な?
オレ的にモヤモヤするパターンのヤツなんやけど、これって『蒲田行進曲』のパターンやよね。
『蒲田行進曲』は日本アカデミー賞受賞しとるわな。
撮影所を舞台にすると、アカデミー賞選考の業界関係者にウケるんやわ。 内輪受けするんやわ。
出た。 法則!
この内輪受けの怖さの実例…
「とんねるず」とか「ナイナイ」のギャグがフジテレビの敷地内だけでウケて、一般視聴者には全然面白くもなんともない現状。
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女、子ども騙しのドラマを作り続けるフジテレビ。
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そして誰もフジテレビを見なくなる。
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起死回生を狙った『アナと雪の女王』を「ありのままに」放送できなくて、肝心の作品論よりフジテレビ論の方が目立ってしまうような事態にまで陥る。
な? 内輪(楽屋)受けだけやと、行末はフジテレビやぞ。アカデミー賞!
そもそも、ラブロマンスなんて、出会って → 恋に落ちて → 別れるか永遠に続く の3段落ちしかないんやから、エピソードが重要やよね。
オレなんぞはガバガバになっているせいか、ラストの○○がよかった!などという感想を見ると、いやいや、あれ○○と一緒やし!と言いたくなる。
『Mad Max Fury road』のストーリーなんて、行って → 帰って来る それだけよ。 ストーリーだけ見るとアホやわ。 エピソードが肝よ。
で、『LA LA LAND』のエピソードはどうやったかというと…
よかったよ。
日本人らしく言い換えると…
悪くなかったよ。
…そんくらいなんよね。
どうも賞を取った作品とか大作って、理解せんといかん、感動せんといかんって、勝手に同調圧力感じるけど、構える必要ないんよね。
だからさー、オレがもし、恋に恋する乙女と『LA LA LAND』を観にいってたら…
上映後、目を真っ赤に腫らした恋に恋する乙女がオレに聞くんだよ。「どうだった~どうだった~」って。
オレは「よかったよ」なんて馬鹿なコト言いたくないから、「とりあえず 飯食って ホテル行って ゆっくり話そう」としか言えんと思うわ。(もっと馬鹿なんやけど)
他人事とは思えず、ラ・ラ・ランド見て参りました。夢を追う事の大切さを学ばせていただきました。
— 藤崎マーケット・トキ (@fujisakitoki) 2017年3月1日
皆様は是非劇場にてラ・ラ・ラ・ライを。 pic.twitter.com/rK0fWlnNiH
俳優について。
主役の男の人は、マコーレー・カルキン君がマトモに育ったら、こんな顔になったと思う。
歌とダンス、そしてピアノが上手い。 演技とは思えん。 ピアノが弾ける人としか思えん。
タッパも有るし、天は二物以上を与える場合が有るわ。
主役の女の人は、目ン玉がデカイ! 舞台に栄える顔。と言えば聞こえはいいが、邪眼! 怖い。
そして安達垣 愛姫(あだがき あき/『政宗くんのリベンジ』)にタイマン張るぐらい、おっぱいがペッタンコ。 前か後ろか分からん。
おっぱいがペッタンコは、揉む時、気を使うよね。おっぱい揉むつもりが、心臓マッサージみたいになってまったり、アバラの間のネギトロこさぐ感じになってまうよね。 でもこういう人って、乳首が異常に感じる気がする。 乳首に乳腺集まっとるんやろか?
こういったクセのある顔は忘れんなぁ。
あ、カメラワークと音楽はよかったわ。
最初の渋滞中のミュージカルらしい展開のシーンは、カメラマンはどうやって撮影したんかな?って不思議なカメラワークやったし、二人が並んで歩くシーンとか、とにかくアングルが上手いんよね。
アングルに制約できてしまうんで、主役のセブが運転する車はオープンカーでないといかんのよね。とかアングル命!(両手を斜め下に広げ、片足立ちしながら)
エンディング近くで、ちょっと安っぽいシーンが有ったけど、それ以外は満点やった。
ミュージカル映画らしく、ケッコーな種類の音楽が流れるんやけど、プールの周りで開催されたパーティーの時の選曲が微妙やった。 年齢設定と合ってた?
主題歌的な"Mia & Sebastian's Theme"は覚えてしまったんで、エンドロールが終わって静かになったところで、オレが口ずさんでやろうか!と思ったぐらいやった。 そのシアターの全員から、ドリンクとかポップコーンバケツを投げつけられるやろうけど。