『ひそねとまそたん』がざわつく

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穏やかな SNSライフを送るには…

1.反対意見を書かない。(悪口を含む)
2.賛成意見を書かない。(信条、政治)

即ち、意見を書かないコトだろうと思う。(阿呆な着地)


世の中、必ず敵がいる。


たぶん、テレビアニメも同様で、テーマづくりにおいて、キチガイに絡まれないように配慮していると思う。


2018春アニメで、オレが一番熱心に見ているのが、『ひそねとまそたん
絵が『おそ松さん』や『ど根性ガエル』を連想させる、ほのぼのっぷりだし、設定も「んなアホな」で、気楽に見ていた。
ボンズの描く飛行モノは、『エウレカセブン』で実績が有り美しい。
人間の嫌らしい部分が描かれても、すぐに解決するので、安心して見ていられた。


ところが、「まつりごと」が出てきて、心配事が生まれた。

視聴者の連想パターンは様々だろうが、オレ的に「まつりごと」は、「天皇」に直結する。
というか、そもそも『ひそねとまそたん』が作り話とは言え、岐阜基地という具体的な場が舞台で、現存する航空機や居酒屋やヤクルトが出て来るし、まそたんたちは、日本の歴史に即した存在であるので、「天皇」が無関係なハズがないのだ。


ご存知の通り、共産党は皇室を否定している。

日本の建国は紀元前660年で、皇室の誕生イコール日本の建国であり、皇室の無い「日本」は有り得ない。
そして、現存する国家で、世界最古の存在でもあり、いかなる国より由緒正しい。
日本国内で、皇室を否定する思想の者たちは、もし、日本の戸籍を持っているのならば、信条に合う国に移民すればよろしいコトである。
英国王室を批難する日本人が居たら、「何様?」と不思議な気持ちであろう。それと同じである。
それにしても、共産党が公安の調査対象であるのに、政党として堂々と息をしていられるコトからも、現代の日本が、懐の広い国であるコトが分かる。

…とまあ、このように皇室云々と述べるコトは、そこで用いる「ことば」や「表現」から、解釈の幅、信条の違いなどから、右翼からも左翼からも攻撃を受ける可能性が有るので、穏やかな SNSライフを送るには触れない方が望ましい。
が述べた。
(言葉遊びができる日本語という言語を用いる民族であるが故の、面倒臭さでもあるのだが、これは楽しむ他ない。)

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そもそもボンズは『交響詩篇エウレカセブン』の時も、仏教用語を連想させるネーミングで、視聴者を混乱させた前科が有る。
いくつかの謎を解く為、放送済みの事象と、ネーミングで使われている用語と合わせ、SNSでは予想というか、妄想を垂れ流していた。
レントンの姉ちゃんは生きている”など。

 ニルバーシュ → Nirvana(涅槃)
 アミタ・ドライヴ → 阿弥陀
 ポタラ宮 → 補陀落

放送当時の盛んな登録型のSNSと言えば mixiぐらいで、Facebookが2004年誕生らしいので、放送中に日本で広く使われているハズがなく、Twitterの誕生が2006年らしいので、放送中には無かった。
そのため「炎上」は mixiの中ぐらいで、頭の悪いライターが書くネットの記事や、アホなディレクターが仕切るワイドショーに取り上げられるコトも無かったので、「延焼」するコトは無かった。


ところが現代は、テレビを見た内容を書いただけの記事が Yahoo News に載る時代で、歩いている時もスマホをいじっている脳みそにシワが無い者どもが跋扈する世の中だ。

天皇」と具体的には言わないまでも、物語の骨子として、皇室の存在がチラついて来た『ひそねとまそたん』を見た引きこもりの共産党員的リベラルライターが「けしから~ん!」と記事を書き、それを浅薄スマホウォーカーが読み、「思想・信条の自由は憲法で守られているのに!」と誰も自由を奪ってないのに発狂し、口は半開きで昼間のテレビを見ているPTAの構成員が騒ぎ、連絡を受けた浅識日教組が「如何なものか」と実質否定しているくせに幅を持たせたようなセリフを吐く。

…そんな姿が目に浮かぶ。


…と、こんなコト書いて、サヨク連中を起こすコトもないのだが…


…といった意見を書かないコトが、穏やかな SNSライフを送る秘訣である。